2009年度 第23回スピーチコンテスト

優秀賞/川口 進

自己研鑽への決意

 私は十数年間IT業界で勤務し、様々な業務経験をしましたが、転職を行う前に自分のキャリアをもう一度見直し、弱点を克服するためにこの学校に入学を決意した経緯をスピーチしたいと思います。

 私のキャリアを振り返ると二点不足していると考えます。一点目は現場に就任すると短い時間で能力を発揮することを強いられるため、内部統制対応、セキュリティ対策、経理事務と言った事を、その性質や必要性という本質的な事を考えずに、あくまでも「ルール」として作業していました。そのため、その様な事を本業務として企画、設計、立案する際に具体的なイメージができずに作業に手間取った事も、設計ミスをしてしまった経験もあります。

 二点目はコミュニケーション能力が不足しているという事です。内輪の人の中でのコミュニケーションのみではなく、どんな人でも分かりやすい説明が出来ませんでした。設計や機能を提案する際に、上司や発注側の担当者、いわゆるお客様への説明が失敗し、後々まで面倒な作業や運用を強いられる経験もしました。的確に設計意図を伝えることがこの業界では必須だと考えます。

 しかし、このような事は会社の先輩や同僚の作業を見て体得すべきという指摘や、自らの努力や上司やお客様への働きかけが足りないためだと言う指摘もあると思います。確かにその指摘は正しく、この業界の諸先輩方々はその様にして業務を行ってきたと思います。

  しかし、現場に入ってしまうと本業務に忙殺され、物理的に時間が取れないのが 実情でした。ここでの授業では、資格対策として限られた時間内での解法以外にも資格試験の出題意図として、最新のテクノロジーと実務の関連性や各テーマの性質や必要性も同時に学ぶことが出来ると考えます。

  また、この学校ではデュアルシステムという、学業と実務を兼ねる事が可能な仕組みがあり、私も午前中は学生、午後は教鞭をとっています。教員になると学生とは立場が逆転し大勢の生徒の方々から質問が集中し、個々の質問が全く異なるため、瞬時に的確な教示の訓練が実施されます。そのためポイントを押さえたコミュニケーションを学ぶことが出来ると考えます。

 私は入学してまだ半年ですが、卒業するまでには弱点が完全に解決できることを目標に日々努力したいと思います。

優秀賞/LAMA TASHI DOLMA (ラマ タシ ドルマ)

親の心

 みなさん、こんにちは。私はネパールから来ましたタシと申します。今日は私が日本へ来てから考えたことをお話したいと思います。みなさんもいろいろな経験をしていると思いますが、私もたくさんの経験をしながら人間として大きくなりたいと思っています。

  私はネパールにいる時、自分の行動にあまり自信がありませんでした。自分のやりたいことは全て父と母が手伝ってくれましたので、一人では何もできなかったのです。それが日本へ来てからは小さなことでも自分でやらなければならないので、少しずつですが自信を持てるようになりました。ネパールでは一回も家族とは離れた経験がありませんでした。日本へ来て初めて家族と離れたわけですが、最初はとても辛かったです。誰かと話したくても誰もいないし、食べるときも一人ぼっち。買い物に行くにも日本語を話せないので大変でした。サラダ油と間違えてお茶を買ってしまったこともあります。一人でご飯を食べている時、家族と一緒に過ごした日々を思い出して涙が出たこともあります。

  でも、こうして一人暮らしをしてみると、自分の国と家族の大切さがよくわかります。離れて初めてわかるんですね。今思えば、私にとって自分の国は天国で、両親は神様のようです。両親は私が一人でこれからの人生を生きていけるように願って日本に留学させてくれました。感謝するとともに、両親の思いを達成するために私は一生懸命がんばっています。この学校で勉強した技術を使って、将来は自分の国でビジネスをしたいです。そして両親が年をとった時には、老人の杖の役目をしてお世話をしてあげたいです。

  今日ここにいるみなさんも、いろいろな国の人が集まっています。それぞれの国にいろいろな文化があるけれど、私たちみんな、手を切ったら同じ血が 出ます。それと同じように、自分の国と両親のために考えていることは世界共通だと思います。私たち、世界のどこに行っても、自分の国や文化、そして両親の愛を忘れずにがんばっていきましょう。

 ご清聴ありがとうございました。

努力賞/鍋島 保子

働くということ

 初めて就職活動をした学生時代から社会人を経験し、再び学生となった今だから思う「働く」ということについて述べたいと思います。

  私が初めて就職活動をした大学生の頃は、“売り手市場”と呼ばれる時代で今では考えられないくらい多くの求人が溢れていました。数多くの求人から自由に「取捨選択できる時代」とも言えたでしょう。私は、あらゆる業界・業種の中で自分の進む道はどこなのか必死で考えました。「何が好きか。何がしたいのか。何ができるのか。将来どうなりたいのか。」そうして、進む道を決めました。

  服やインテリアが好きだった私は、その両方を扱うアパレル企業へ就職しました。好きな物に囲まれて望んでいた業界への就職です。好きなことができる喜びもありましたが、働くということはそれだけではありません。私が「したいと思うことと実際にできること、向いていると思うことと向いてないと思うこと、しなければいけない求められること」には大きなギャップがあり日々悩みも尽きませんでした。私自身は向いていないと思っている事柄でも、他人からは向いていると評価されることはそのとき感じていたギャップの一つです。その当時は、そのギャップの大きさに不安になり、焦り、辛くも感じました。

  しかし今だから思うことは、好きなことや実現したいことを見つけられ、それが仕事としてできることはとても幸せなこと。けれど、「働く」ことを通して社会と繋がっている限り、周りからの評価は切り離すことはできません。向いてないと自分で思うことも事実で、そのような事柄を評価されたのも事実で、どちらも私自身なのです。いくら好きなことでも、評価されなければ趣味の一つで終わってしまいます。また、嫌だと思っている仕事でもやり遂げ、他人から認められれば達成感は得られるものです。なので、ギャップを埋めようと努力すること、したいことができるように努力することが「働く」ことで最も大切で重要だと私は思います。

 22歳の時の私、30歳50歳の私では趣味や志向にも変化があることでしょう。変わらずに好きなこともあれば、好きだったものが嫌いに変わることもあるでしょう。しかし、自分の中で変わらずにある考えや実現したいこと、譲れないものをどこまで「働く」ことと結び付けられるかがこれからの私に必要なことだと思っています。

 これから社会に出て行く人にも、視野を広く多くを見て、自分の「働く」ということを考えてほしいと思います。

努力賞/張 鉉貞

よけいなこと

 私の国韓国と日本は似ていると言われることがありますが、よく見ると違う部分も多いです。今日は私が感じた日本について話してみたいと思います。

  留学生活を始めた頃、私はうちの近くの店によく食事に行きましたが、私のように一人で食事をする日本人が多いことに驚きました。韓国では一人で食事をすることはほとんどありません。皆と一緒に食べるともっとおいしくなると思っているからです。恥ずかしくて一人では食べられない人もいます。でも、日本では小さな食堂でみんな何も言わずにさっさとご飯を食べます。店員は笑顔で親切ですが、注文を受ける以外には話しかけません。これが韓国なら、店員は常連の客の顔を覚えて、挨拶はもちろん、たくさん話しかけてくれます。一人で食べても、一人ではないような気分になります。

  たぶん日本では、「余計なことはしない」「他人に迷惑をかけない」ということを子供の時から教えられているからではないでしょうか。みんなの忙しい時に雑談をするのは、迷惑をかけることだと思っているのでしょう。私はそれを少し寂しく感じます。誤解されるのが怖くて、「知らない人に声をかけない」とか、「目を合わせない」ということになってしまうかもしれません。

  今、私の隣に住んでいるおじいさんとおばあさんは、私にとても親切です。私が引越しをした日には「引っ越してきたの?」と話しかけて、車で市場や市役所など、いろいろな場所を教えてくれました。道で会うと「ちゃんとご飯を食べてる?」と聞いてくれたり、私が数日見えない時には心配して私の家まで来て、大丈夫かと聞いてくれたりします。自分の娘でも親戚でもないのに私を心配してくれる…この人たちの行為を皆さんは余計なことだと思いますか?私は思いません。他人の私生活を侵害しないように注意するのは大切です。しかし、人の役に立った時や喜んでもらえた時には、自分も幸せな気分になりますよね。

  日本人の本心はわかりにくいと聞いたことがあります。でも、「思いやり」の大切さは、文化や習慣が違っても同じだと思います。私を含めて、ここにいる皆さんの、やさしくあたたかい生活を願いながらスピーチを終わります。